仕事

2010年3月17日 (水)

パソコンのお勉強

今学年から私の仕事の内容が変化し、主に学校の出版物を作ったり、ホームページを更新したり、データベースの管理をしている。また保護者から寄せられる質問に答えたり苦情処理をしたりということもあるが、これもほとんどメールで対応することが多い。パソコンおタクの道をまっしぐらである。間に入る雑用を除いて、ほとんどパソコンの前に座っている。

もともとパソコンをいじるのは好きだった。オリベッティの手動タイプライター、ワードプロセッサーを経て、パソコン初体験はアップルのマッキントッシュだった。当時働いていた職場にあったパソコンがアップルのマッキントッシュとリサ(っていうのがあったのよ)。当時のマッキントッシュなんてソフトがフロッピーディスクに入っていて、ディスクドライブが1つしかないから、ソフト用のディスクと書き込み保存用のディスクをカチャカチャ入れ替えていたのよ。

Plus中東での新婚時代は、夫が持っていたマッキントッシュ・プラス(右)を使っていた。立ち上げるとニコッて笑ってくれるのがうれしかった。今でもいいデザインだと思うわ。これはもっぱらゲームに使っていて、はまりすぎて寝食忘れてゲームしていたこともあったな。イギリスではワープロと、翻訳アルバイト用のパソコン(職場から貸与されていた)を使い、タイとウルグアイではIBMのThinkpad、その後はSonyのVaioを使っている。今回職場から貸与されたタブレットPCは富士通の最新型。サクサク早いこと。

基本的に「パソコン講座」みたいなのは出たことがない。自分の知りたいことだけサクッと知りたいので、じれったくなっちゃうのだ。あちらこちらいじっているうちにわかってくる、というか。でもちょっと高度なことになると限界があるから、虎の巻の本を用意しておく。今まで出版物はほとんどマイクロソフト・パブリッシャーで作っていたのだけれど、これからアドビ・インデザインを使う必要に迫られ、日曜日にアマゾンに解説書の注文を出したの。そうしたらなんと火曜日に届いちゃったのよ。すごいぞアマゾン。ソフトが英語版だからちょっと雰囲気が違うけれど、日本の解説書のほうが丁寧だと思う。勉強しなくちゃ。アラフィーの手習いなり。

もうひとつ学びたいことあり。それは英語の教授法。日本語の教授法のコースを受けたことがあって、面白かったのだ。いつか日本に帰ったら英会話を教えながら人の輪を広げられればなぁと思っている。ま、先の話。

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2010年2月10日 (水)

打ち上げランチ

今日は旧正月休みを前に打ち上げランチ。オフィス総勢女5人でレストランで食事をした。上司(アメリカ人♀)が性質の悪い風邪を引いていたので延期かな、と思っていたけれど、何の何の、彼女はご主人曰く社交の蝶ですもの、こういうことには元気なのよ。ま、昨日病院に行って、ちょっと安心したのかも。

先日のシャネルがアレンジした昼食会が不発だっただけに、今日はおいしくゆったり頂いた。しかも楽しい仲間なのよ~。いい同僚に恵まれているというのは、本当にラッキーなことだわ。私が頼んだのはお魚の料理。まわりにターメリック風味の白身魚、ポテトでできた籠の中にはお米の麺と野菜を和えたもの。しゃれていて西洋と東洋がうまく合わさっていて、おいしかったわよ。デザートはクレープの中にマンゴーを潰したものとキャラメル風味アイスクリームが入ったもの。キャラメル風味、好き♡ 南米では何でもキャラメルソースで食べるのだ。私たちだったらシロップや蜂蜜をかけるような物には、なーんでもキャラメルソース(Dulce de Lecheという)。レモングラスの匂いを嗅ぐとタイに住んでたころを思い出すし、キャラメルソースを口にするとウルグアイを思い出す。

アシスタントの女の子2人は、ご主人がヨーロッパ人。ローカルスタッフの中ではぴか一優秀だ。しかもぴか一スタイルが良くて素敵なのだ。やはり外国の生活や習慣に接している分、外国人のニーズを理解できるし対応することができる。よく上司が他の部署のローカルスタッフについて「信じられない、どうしてわからないのかしら」と言っているのを聞く。その度に私は「そういう経験もないし、普段外国の習慣や文化に触れていないのだから、わからないのも無理はないと思うよ」と慰めている。

あー食べすぎた!今日の夜は友達とウォーキングの日。でも焼け石に水かも・・・。

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2010年2月 5日 (金)

ペーパーレス・環境にやさしい学校・・・か?

私が勤めているインターナショナル・スクールではGreen School(環境にやさしい学校とでも申しませうか)と称して一応ペーパーレス化を図っている。毎週私の働く部署が発行しているスクール・ニュースレターも、2年前からデジタル配信となった。メールにあるリンクをクリックすれば、学校のホームページやポータルにアップロードされたニュースレターにアクセスできるという仕組み。それまでは毎週6ページくらいあるニュースレターを両面コピーして全生徒に配っていたのよ。その紙の量たるやすごいわけ。しかも中高生くらいになると、ロッカーの中でゴミ化していたり、家に持って帰らなかったり、ひどい子はそのままゴミ箱に捨てちゃったりして。

親の「デジタル化」度は、家庭によってまちまち。現在全校生徒900人のうち、メールアドレスのない親は30人くらいかな。そのうち5つくらいの家庭では両親ともに持っていない。こういう親に対してどう対処するか?ほとんど対処していない。正直に言ってしまえば、日本人学校のように、まず電話連絡網をまわし、同じ内容をさらにお知らせの紙で配る、というようなきめ細かいサービスはしていない。情報は惜しみなく提供するけれど、それを読んで把握するかどうかは親の自己責任に委ねられている。

学校からのお知らせも全てメールで出される。だからメールを読まないと、三者面談やら学年ごとの行事やら、親は何もわからないことになる。つまりよほど子供がしっかりしていない限り取り残される状況になり、メールでのお知らせを読まないということは親が無関心ということになる。高い授業料を払っているのに、いろいろなチャンスを逃すということで、もったいない話である。ちなみにここ4年くらいは、学校への入学申請の書類手続きも全てネットを通じて行われるようになった。やりとりも全てメール。というわけで、ここ数年に入ってきた生徒の親は、理論上デジタル化に対応できているということになる。親へのメールが「宛名不明」「アカウントが満杯」「セキュリティの理由」などで戻ってきてしまった場合は、こちらから連絡して対処してもらえるようお願いする。それで親が何も対処しなかったら、やはりこちらからの情報は届かなくなってしまう。

また不要になった紙類は、担当の生徒達が週一度集めに来てくれる。もともと無駄になることの少ないお国柄、ただゴミ箱にポイと紙や缶やペットボトルを捨てても、ゴミ収集人がちゃんと分類してくれるのだけれどもね(小遣いにしているのかな)。

さらに中高生は一人一台タブレットPCが与えられ、勉強も教科書もノートもペーパーレスである。これについては後日・・・。

じゃあ紙の節約はいいけれど、電気は?これについてもまた後日・・・。

今日は長男(2番目に誕生)のふーちゃん。一番チビ。現在680グラム。不器用なやつでかわいい。

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2010年1月20日 (水)

職人に徹する

このブログをこうやって再び書けるようになったのも、職人に徹することにしたからだ。

それまで2年間にわたり、娘の学校が提供する市民講座の運営をしつつ、平行して学校のこまごまとした業務も行ってきた。教養・娯楽の場を提供することによって地域社会に貢献するという学校の使命の一環として市民講座があり、語学、スポーツ、子供向けの娯楽、料理、文化体験など3~40種類の講座を企画・運営してきた。参加者は主に学校の父兄や地域に住む外国人である。5年間遊びまくり食べまくり買い物しまくった経験(何のこっちゃ)と人脈を買われ、丸投げされたのだ。怠惰な私であるが、仕事となると妙な責任感が出る典型的日本人。この国に住む外国人に受けるような講座を念頭に、必死でプログラムを組んだ。講座は英語で行われるので、講師も外国人コミュニティの中から探さなければならない。外国人はだいたい2~5年の周期で入れ替わるので、人気講座の講師の帰国が決まるとがっくりくるが、また面白い技術を持った新しい人がやって来るのが楽しい。

50カ国からの生徒がいる学校なので、お料理講座は人気。韓国人のキムチ教室、アメリカ人のパイ教室、スリランカ人のカレー教室、モンゴル人のモンゴル餃子教室、いろいろやりました。学校のお母さんを捕まえては、「教えない?」と迫る私。来た来たNaokoが来た状態ね。私の家でも、巻き寿司クラスをやりましたよ(講座名 Roll Your Own Sushi )。超人気で感謝された。どうしてあんなに皆、寿司が好きなのか不思議。スポーツの講座は常に人気。今まででやったユニークなものとしては、ネイルアート教室、香水教室、上手な洋服のオーダー教室、サイクリングツアー、ローカルバスに乗れるようになる教室、などなど。また日本人のお友達にお願いしたポーセリン教室も人気の定番商品だった。

ただ常時3~40の講座を切り盛りするのは、体力的にも精神的にもチャレンジだった。企画から講師との交渉からパンフレットの印刷から申し込み受け付けからお金の受け渡しまで全て一人でやらねばならなかった。夜2時に起きて仕事することも多かった。ワーカホリックな上司をがっかりさせたくなかったしね。それに講師に頼らなければならない性質上、講師が遅刻魔だったりドタキャンしたりすると、胃が痛くなる思いだった。でもその分いろいろな出会いがあり、素晴らしい経験をさせてもらったと思う。

2年くらいたった後、「職人としてパートで働きたい」という希望を申し出た。何をする職人か? 学校の出版物(多いんだ、これが。幼稚園から12年生まであるので)の作成やデータベースの管理を中心に、その時々にある学校関連の仕事をするのである。忙しい時はフルタイムで働くけれど、仕事がない時期は出勤しない。年間平均して5割くらいの出勤率というお約束。例えば学年始めは忙しい時期でフルタイムで働いたが、12月はほとんど出勤しなかった。今の勤務形態はすこぶる気に入っている。職場ではほとんどパソコンの前に座ってパブリッシングソフトをいじっている。また私の勤めているオフィスは、父兄にとって学校の窓口でもあるから、質問コーナーの回答者、苦情処理係、悩み相談、愚痴のはけ口、なんでもやりますのよん。

今日は娘の音楽クラスの発表があった。ラテンミュージックでノリノリで最高だった!それから益々膨らむワンコ。カウントダウン、あと2日?!

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2009年12月11日 (金)

40代での社会復帰

ここ25年近くほとんど海外で暮らしていて、海外で仕事をしていた時に出会った夫(日本人)と結婚してからは、翻訳の仕事をしていた。8年前にこの国に来てからは、お気楽に遊びまくりながら、娘の通っている学校でPTAのボランティアの仕事を手伝っていた。

そんなこともあって、学校のある部署から「こういうポストで職員を募集しているのだけれど、応募しない?」と声をかけられ、娘も中学生になったことだし、夫もきっと喜んでくれるに違いない(その時なぜかブータンに出張して不在)と思い、面接を受けたりして晴れて職員となった。長い学校の夏休みや冬休みに娘を一人にしておくわけにもいかず、一般企業でのフルタイムの仕事は無理だなぁと思っていたが、娘と同じ休みをとれる学校での仕事は願ってもないものだった。

オーストラリア人女性の上司は、ものすごい切れ者で、非常に能力のある人だった。こんな人見たことない。ワーカホリックで野心があって、沢山の仕事を同時進行でこなす聖徳太子か千手観音か、という感じ。部下に対する要求も高い。こっちも変に気まじめな日本人ですからねぇ、がむしゃらに働きましたよー。自己主張のできない日本人は貧乏くじを引く、って思う人もいるけれど、水面下で頑張っていればちゃんと認めてもらえると思う。学校長との面接の時、「私はトップに立つ人間ではないけれど、縁の下の力持ちなれる」と言ったら、学校長に「どうしてトップになろうとしないの?」と返された。「私はサポート役のプロとして誇りを持っている(でた~はったり!)」と答えたら、「おお、私の妻みたいだ(結局ノロケか)」だって。「直子に任せれば大丈夫」と思ってもらえることが目標。

何が一番大変だったかというと、仕事の処理のスピードである。eメールで瞬時に判断して返答することが求められる。一日に50本も100本もメールを返す。かつてのファックスやテレックスという時代とは違うことを痛感。瞬時に対応しないと、どんどん溜まってしまう。おばさんは必死であります。また何せ学校には58か国の生徒がいるから、その親を相手にするには自分の日本人的な常識というものが通用しないから大変。どんなに「うっそー、信じられない~!」ような理不尽なことを言われても、顔には同情の色をうかべてひたすら宥めすかすのである。

結局私って、皆の母親役をしてるのかな。

今日は冬休み前のコンサートが学校でありました

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