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2009年12月

2009年12月30日 (水)

大々的模様替え

年末ですからね、思い切ってやっちゃいました。大規模な模様替え。ちょっと腰がつらいけれど、満足感をひたひたと感じている私。

今住んでいる家は3階建て。上に登れば登るほど暑く明るくなるというこちらの典型的な家。もっとも今は冬だから、一階は寒くて暗い。でも冬のほうが圧倒的に夏より短いので、家は夏仕様のほうがよろしい。巨大な家に住んでいる人なら、1階にも2階にも居間をしつらえて、季節や用途によって使い分ける、なんてこともできるけれど、リビングの家具を2セット持つなんて、とてもとても、だわよ。

娘と私は、家にいる時は大抵パソコンの前に座っている。それを見た夫が「一番いい広い場所を書斎にしないと意味がないじゃないか」と言うので、一年半前くらいに思い切って居間を書斎にしてしまったのだ。結果的に居間をダイニングの小さい場所に押し込める格好になっていた。でも一年半使ってみて、やっぱり居間はゆったりしていたほうがいいな、書斎は小さいほうが落ち着くな、って思ったのだ。私達のためを思って言ってくれた夫には悪いが、やっぱり配置をもとに戻すことにした。夫には「やっぱり元に戻すからね」と宣言したら、意外にあっさり「いいよ」だって。さては居間のオーディオシアター化を企んでいるな。

ハンさん(うちのハウスキーパーさん)に手伝ってもらって、一階の家具の大移動を決行した!幸い床がつるつるのタイルなので、重い家具でもスライドしてくれる。さすがに腰にきたけどね、何とかリビングを元の場所に戻して(ソファ、コーヒーテーブル、テレビを移動)、娘と私のデスク、本棚3個、食器棚2個をダイニングのほうへ移動。いやー、やればできるもんだね。ついでに埃を拭いて家具もきれいになったし。いい新年が迎えられそうだわ。

グリーンもあちらこちらに配置して。何せジャングル化計画だからね。タイからも斑の沢山入ったポトスを買ってきたのよん。さらにポトス一鉢分をうなぎの寝床の庭に植える(ポトスを増やす作戦!)。これらのグリーンは、大半が水栽培。水だけで育ってくれるなんて、何て偉いのかしら。

ハンさんがリビングに出現した白い壁を見て「私だったらここに絵が欲しいなー」と言う。案外楽しんでいるみたい。「まあまあ、そういうことは後で考えよう」と私。

玄関(といっても戸だけ)を背に撮った写真。手前がリビング(以前は書斎)、右手前にちらりと見えるのがテレビ台となっている階段ダンス。犬が寝そべっている右側が娘の勉強コーナーで、机と本箱3つ(以前はここがダイニング)。一番奥がダイニングで(以前はここがリビング)、娘の勉強コーナーとの間に食器棚2本を置いて間仕切りにしている。ダイニングの左側が台所になっている。

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写真がいやだ

最近写真を撮られるのが嫌い。だって現実をまざまざと見せつけられるのだもの。アラフィーになってお肌ピーーーーンッなんて有り得ないのはわかっているけれど、どんどん顔がぼやけた感じになってくる。特にひどいのが目ね。目の周り全体が重力と仲良ししてたるんできて、目が小さくなってきた。しかも二重のくぼみが大きくなって、ふっくら感がない。ああ、腫れぼったい目になりたいくらいだわ~。

若い頃はニキビ肌だった。油分の入った化粧品を忌み嫌っていた。なのに今はこってりしたクリームがいいみたい。半年に一度くらい、旅行した時に、デューティー・フリーでクリームを1個買っている。これで十分半年もつ。エスティー・ローダーやSK-IIなど、その時の気分で買っている。これでタルミが改善されるとは思わないけれど、せめて表面だけでも潤っていたいのだ。

でも基本的に今でもややオイリー肌だし、娘もニキビができているので、旅行に出るたびニュートロジーナのDeep Cleanという洗顔料を買いだめている。無香料だし、洗い上がりすっきり。

日本のドラッグストアはいいなぁ。ピンからキリまで、予算に応じていろいろな化粧品が買えるから。この国では安いスーパーマーケット向けもの(ニベアとか)か、高いブランド物しかなくて、中間っていうのがないのよね。ま、余計な物を買わなくて済むからいいか。

下はバンコクの中華街の店で見かけた看板犬・猫

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下左は、なんちゃってルイ・ビュトン柄シートのバイク、下右はちょっと可愛かったアニマル柄ベースボールキャップ@バンコク中華街

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2009年12月28日 (月)

AVATAR/アバターを見た

今話題の3D映画「アバター」をバンコクの映画館で観た。ディズニーランドで3Dの映像を見るアトラクションがあるけれど、あれと同じようにプラスチックの眼鏡をかけて映画を見ると、映像が立体的に見える。ストーリーは単純だけれど、映像の美しさと発想の面白さに感動した。特に生物と生物が「きずな」を結ぶやり方が興味深かった。ネタばれしないように、ここまでにしておくね。それにしてもコンピューター・グラフィックもここまでくると、もう人間の俳優なんていらなくなっちゃうのではないかと思うくらい。

環境が破壊されることにやるせなさを感じる映画なのだが、映画の後にバンコクの巨大なショッピングセンターのスーパーに行って、再びやるせなさを感じてしまった。食品の過剰包装が目について仕方なかったのだ。そしてホテルに戻って、自分の部屋の隅に積み上げられたビニール袋や紙袋の山を見てげんなり。バンコクでは「袋はいりますか」と聞かれたことは1度もなかった。そして当たり前のように袋に入れてもらっていた自分を反省することしきり。

中国の広州では、ビニール袋はすべて有料だった。どこの店も袋に入れてくれないから、ホテルの部屋にビニール袋が溜まることもなかった。こうやって習慣づけてしまえばいいのだな、と感心した。

今住んでいる国では、ごみ収集人が使えるものをより分けてリサイクルしているようだ。それだけ貧しいといえばそれまでだが、紙も段ボールも缶も瓶も「売り物」になるからだ。だから私はリサイクルできそうなものは別の袋に入れて捨てようとするのだけれど、こちらの人は「収集人が勝手により分けるから一緒でいいのよ」と言う。でもごみの中身をがさごそ見られるのって抵抗あるわよね。南米に住んでいた頃も、ごみ収集車が来る前に、家々のごみをあさる人がいた。ゴミ袋をつっついて破って中身を出してそのまま。トイレゴミがちらばっていたのを発見して泣きそうだったことも。

下左はクリスマスディナーとなったMKゴールドのタイスキ(タイ風鍋)。野菜が沢山食べれてヘルシーよん。右で完食~

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左はセントラル・ワールド前の巨大クリスマスツリー、ものすごい人出!イブの夜はホテルの部屋でモノポリーをした。

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2009年12月24日 (木)

楽しいお買いもの@バンコク

私たちの住んでいる国にはバンコクのような大都会がない。だからバンコクに遊びに来る時の楽しみは、大都会の空気を吸いながらの食べ歩きと買い物。なにせ1週間「住みに」来るのだから、何も特別なことはしないの。前に住んでいたのだから、観光することもないし。

今バンコクはクリスマスを前にバーゲンシーズン!娘はセントラル・デパートのブランド、DeFry01が好き。ナチュラルな若向けカジュアルブランド。パンツはくしゃっとしていて端のところがわざと着古した感じにすり減っていたりする。シャツはすべて木綿で、着心地が良い。ここの特徴は、パンツ、キャミソール、シャツ、ベスト、どれを買っても適当に重ね着すれば決まってしまう、というところ。私にも着れそう、と白とベージュの縦縞の木綿のシャツを買ってみた。若く見える、と思う。娘と同じものというわけにはいかないけれど、私にも取り入れられそうなものがちらほらある。でしかもセントラル・デパートのチットロム店の催物会場に沢山バーゲンで出ていた!もう夢中です。娘と一緒に宝探しをしています。勤めていることもあって、最近化繊素材のワンピースなどに頼っていたのだけれど(すぐ乾くし軽いし皺にならないし)、自然素材のほうが若返ると思う。洗濯とかアイロンとかの手間はかかるけれど。

今日はクリスマスイブ。ここバンコクでもレストランは特別メニュー。結局沢山お金を払ってもあまり「おいしい」と思わない私たちは、ローカルなところでご飯を食べて、夜はホテルで家族でゲームをする予定。

タイの野良犬は、なぜか日向ぼっこが好き。暑くないの?この犬はスカイトレイン(バンコクの街中の高架を走る電車)の駅のど真ん中でお昼寝中。すごく気持ちよさそう。右はMango Tangoで食べたおやつ。マンゴプリン、マンゴアイスクリーム、そしてマンゴそのままの3点セット。おいしい!おすすめ!

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2009年12月22日 (火)

日本文化進出?@バンコク

学校勤めなので、先週金曜日が仕事納めでした。昨日バンコクにやってきました。娘が小さかった頃3年間程住んでいたので土地勘もあるし、今住んでいる国ではできない外食や買い出しが出来るので、大都会の空気を吸いに毎年冬休みに1週間程「住む」感覚でやってきます。泊まるのはサービスアパートという日本で言えばお掃除つきウィークリーマンションのようなところ。

タイ人の嗜好というのは日本人に似ているな、とよく思う。だから沢山の日本人がバンコクに定住している。そしてタイの人々は食べ物でも若者の文化でもどんどん取り入れている。下左の写真はパン屋で見かけた「海苔乗せカニかまロール」。エビ天ラーメンも、エビ天カレーライス(下右)もおいしいよ。

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下は今回セントラル・ワールドで発見したAkiba Kissという秋葉系のお店。メイドの格好をさせてもらってプリクラをとることができるし、いろいろな秋葉グッズが売られている。日本の漫画も沢山タイ語に翻訳されて売っている。

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さてさて、夜はタイのイサーン(東北地方)料理をローカルな食堂で食べました。おいしかったー!パパイヤのサラダ(ソムタム)、鶏の唐揚げ、豚のひき肉炒め、娘にチャーハン、しめて700円くらいだった。満足満足。

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2009年12月20日 (日)

室内ジャングル化計画

先日友人のお宅にお邪魔しました。一歩家に踏み入れるやいなや、なんとも個性的でチャーミングなお宅!ポイントはグリーンです。家の中のいたるところにポトスが這っているいるとでもいいましょうか。そしてご主人様が可愛がっている沢山のグッピー達が、ホテイ草が浮かぶ大きな陶器の甕の中をピチピチと音をさせながら泳いでいる。お庭にもポトスがいっぱい!さながらジャングルである。

シンプルが素敵、というのは、概して「器がいい場合」である。安普請のこの国の家、なかなかシンプルだけでは格好がつかない。しかも3階建ての家の1階は暗い(日当たりがよいと、暑いのだ)ので、明るい日差しをインテリアにするというわけにもいかない。家に絵や装飾品を飾るのもいいけれど、なるべく物を増やしたくないのが本音だ。いつ次の国に転勤になるかもしれないしね。観葉植物なら最後に庭に植えるなり人にあげるなりできるから、後の処分を心配しなくて済むじゃない?そうよそうよ、観葉植物よ!と盛り上がっているのだ。

日当たりの悪い一階で育つのは、今のところポトスくらいしか見つかっていない。パキラなども買ってみたが、定期的に庭に出さないと元気がなくなってしまう。今日、1時間半くらい運動のために散歩をしたのだけれど、途中の園芸店でポトスの鉢植がぶら下がっているのを見て1個買った。鉢植えを持って歩くなんて馬鹿だなあ、と後悔したけれど。チョンチョンと伸びたところを切って、水につけて根を出させて、うなぎの寝床庭に植えておこう。こうすれば増えるよね。ポトスは水栽培もできるからすごく便利。タイに行ったら、明るいライムグリーンの色のポトスを探してみよう。濃い緑、白い斑が入ったの、黄緑色の、いろいろ混ぜると面白そう。

今日立ち寄った園芸店。クリスマスを前に、ポインセチアが沢山売られていた。これから配達をするのだろう、自転車の荷台にも一鉢。赤・白・まだらの三種類のポインセチア、クリスマスにはここにいないから我慢して買わなかった。

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2009年12月19日 (土)

掃除機を買い換えました

以前ここで買った掃除機が、使い勝手が悪い。パ○ソニックのごく普通の掃除機で、機械そのものに何も落ち度はない。問題なのは、これがヨーロッパ市場向けに作られたものだということ。そもそもなんでこんな所にスペイン製のパ○ソニックなんて売っていたのか。買う時の調査が足りませんでしたね。私の失敗です。まず

  • 紙パックが手に入らない - てっきりここで売っているのだから、紙パックくらい手に入るだろうと思っていた。店員も「ここにはないけれど、本部に行けば買えるよ」というのを信じた私が甘かった。本部に行ったら「そんな使い捨て紙パックなんて高いもの誰も買いませんよ」だって。日本の「全社共通」紙パックも合わない。ちなみに掃除機の中にはくりかえし使える「布パック」が入っている。でもパックからゴミを取り出すのって、何か抵抗がある。ほとんどが犬の毛だろうが、たまに虫の死骸なんて入っていたりして・・・、いや、絶対入っているよね。
  • ソケットの形が違う - いわゆるヨーロッパ式の3ピン、真ん中のが角ばっている巨大なやつね。だからアダプターをつけて普通の丸2ピンか日本と同じ平2ピンに変えなければならない。これがまたすっぽ抜けたりしていらいらするのだ。
  • パーツが手に入らないから、本体が大丈夫でも、ホース部分が壊れるとアウト。ガムテープでぐるぐる巻きにして凌ぐしかない。

今までは仕方ないから、布パックについている堅い部分(紙パックでいうと堅い紙でできていて穴があいてる部分ね)を型紙にして、日本の紙パックの厚紙部分を切って無理やりはめて使っていたのだ(T_T)  この不織紙の部分を傷つけずに厚紙の部分だけ切るっていうのもテクニックなのよ・・・。 ま、結局本体に異常はないのだが、周りのほうからモロモロと崩れ去ってきて、思い切って買い換えることにした。

しっかり日本の紙パック持っていきました。同じ間違いは繰り返しません。ちゃんと、はまるのを買いました。いわゆる普通~のサン○ーの掃除機です。中国製。100ドルもしない。ソケットは丸2ピン。私も少しずつ学んでいます。

今日から冬休み♪ かなり寒くなってきました。でも月曜日からタイでホリデーだから、ペディキュアとまつ毛パーマしに行った。まつ毛むしり取られた。もうあそこにはいかない、ぷんぷん。下が買った掃除機。前に置いてあるのが布パック。

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口紅の色

40代になって化粧が変わったとしたら、私の場合は何といっても口紅の色。

学生時代から20代は、あまり化粧もせず、口紅程度だったかな。あの頃はベージュ系の口紅なんかも若かったから似合ったし、人気だった青みがかったピンクなんかもトーンを落としてつけていた。聖子ちゃんやファラ・フォーセットみたいなフェザーバックの髪型に真っ青アイシャドーとピンク口紅が流行ったあの頃、私は地味だったと思うわ。

30代の口紅はワインがかったローズピンクだった。唇に乗せると赤みが増すので、口紅の色だけみると結構暗くてもつければいい感じだった、と思う。馬鹿の一つ覚えみたいにクリニークのラズベリー・グラッセという色をつけていたっけ。

が、40代になって、おやー、今までの口紅が似合わなくてなってきたぞ、と気がつくのである。その頃の人気は淡いベージュ系のあまり色味のない口紅。普通の感じに口紅をつけている女性が、メイクアップアーチストの人に「これは濃すぎです!」と言われ、淡いベージュ口紅を塗られて血色悪くなっているのを雑誌で見た。この時だけは、流行なんて気にしない、私は顔色を良くする化粧がしたいんだ。ほっぺの赤いのを隠そうとする人なんて信じられない、と抵抗した。鼻のてっぺんにも頬紅を少し乗せた(ちょっと日焼けしたみたいに見えて顔色が良くなる‐アラブで学んだテク)。でも口紅はいい色がみつからない。オレンジ系は似合わないし、ワインカラーは顔が沈むし。

ある日ぺたこさんにお会いして、これだ!と思った。ぺたこさんは毎日ナチュラルな感じの着物を着てらっしゃる。口紅もそれに合わせた落ち着いた色だったのだけれど、唇の奥から滲み出るようないい色。例えると・・・お汁粉をちょっと赤くしたような色、っていうのかなぁ。何色と何色を混ぜた感じ、と簡単に表現できない色。色の分類でいくと「レッド」に入るのだろうけれど、でも赤じゃない。探しましたよー。今のところ一番近かったのが、いわゆるドラッグストアで一本1000円くらいで売っている口紅。目下愛用中。

急に思い出したけれど、唇を軽く噛んで赤くする(お洒落のためにですよ!)、なんていうのが何かの少女マンガになかったっけ?(なかよしとりぼん、読んでました?)

それからアメリカ人の上司が愛用しているBurt's Beesという自然化粧品ブランドの色つきリップクリームも好き。ミントがす~っとするところもいい。彼女はNutmegという色をつけていて、すごく自然で素敵だったのだけれど、残念ながら私には全然似合わない、というか色味がなさすぎる。やはり白人とアジア人ではキャンバスが違うから、同じように発色しないことを再確認。私はraisinという色が気に入っている。すっぴんの時、このリップクリームを塗って顔色アップ。

前にバンコクで口紅を見ていたら、店員さんが「この色がいいわよ」と見せてくれたのが、濃くて大人っぽいセクシーな色。東南アジアの人は洗練された大人の装いが上手よね。頭のてっぺんからつま先まで完璧。ひれ伏します、私。

今日は今年の仕事納めでした。ダイニングにクリスマスっぽい蝋燭を飾りました。この正面の壁があまりに殺風景なので、なんとかしたいと考えているところ。

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2009年12月17日 (木)

フランス人はやっぱりお洒落?

私の勤めている学校にフランス語の女性の先生が3人いる(日本では英語を外国語として学ぶように、この学校ではフランス語かスペイン語を学ぶ)。体型も性格も三者三様。でもどこがどう、と言われてもわからないけれど、何か雰囲気があって洒落ているのよ。年齢は30台後半から40代前半というところかな。

一人は正統派のファッション。すっきりシンプル、でもってポイントは色!そう、色の組み合わせが粋なのだ。瞳に合わせた鮮やかなオリーブグリーンのジャストフィットのカーディガンに、黒いたっぷりしたロングスカート。エスニックの大きなゴロンとしたネックレスがアクセント。あるいは黒セーターに黒のパンツ、そして大きな赤い数珠のネックレス。スタイルは抜群。髪はブロンドのシャキーンとしたシャープなボブ。性格はいかにもフランス的で正義感が強く熱いハートを持っているが細かいことの管理が苦手(でも本人は気付いていない、もちろん)。人に対する文句は辛らつ。

もう一人は美人ではないが雰囲気のある、エレガントな人。背が高くて細くて細面で何を着てもかっこいい。私には逆立ちをしても似合わないシルクや麻のバギーパンツがこれだけ決まる人も珍しい。アンジェラ・アキみたいな眼鏡をして、栗色の量少なめのロングの髪を後ろにくるくるとまとめている。ちょっとフォークロアなジョーゼットプリントの短めブラウスに薄手の落ち感のよいギャザーのロングスカートとか、白のピンピンに糊が効いてアイロンがかかっている麻のチュニックブラウスにぴたぴたパンツとか、私のハートのど真ん中をどどーんと突いてくるさりげないかっこよさ。私はこういうちょっとエスニックな感じが好きなのだ。もともと化学が専攻だったらしく、香水の調合師もしている。ついに自分のブランドも立ち上げ、アロマ製品を作っている。なんともおフランスでかっこいい。主張するところは主張するが、あくまでも落ち着いて静かな雰囲気。

最期は娘のフランス語の担任。180度タイプが違って、陽気で太めで小さくて、くるくるの黒い爆発カーリーヘアである。面談の時も教室に入るとマンボのような音楽がジャカジャカかかっていて、マラカス振って出てきた。娘に言わせれば、周りの教室はさぞ迷惑だろうとのこと。これがまたお洒落が独特で、すごくキュートなんだ。手刺繍が沢山入ったカラフルスカートと、それと色がネガポジになっているお揃いのブラウスとか。上の二人に体型では勝てないけど、その分キッチュな個性を全面に押し出している。念願の赤ちゃんができて、今フランスに出産帰国中。対照的な190センチ以上あるブロンドストレートヘアの大男のご主人との間にどんな赤ちゃんができるのか、皆興味津津。熱く正義感強く頭にくると機関銃のようにフランス語訛りの強い英語でまくしたて、話もすぐ脱線、でも肝っ玉母ちゃんみたいでいいところあるんだ。

みんな自分のこと、よくわかっておしゃれしているんだよな。それにしてもフランス人は強い

私の今の気分は赤・白・黒です。

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待っていてくれたのね

来週から学校は冬休みに入る。今週の金曜日が今年の仕事納めである。今週は超多忙である。というのも私の上司が1週間早くアメリカに帰ってしまったから。お姑さんが危篤状態なのである。延命装置が外されて、最期のときを家族みんなで静かに見守っているらしい。上司は仕事を置いて行くことをすごく申し訳なさそうにしていたのだけれど、「お姑さんは皆が戻ってくるのを待っているのだから、ちゃんと会いに行って心配しないで」と送り出した。

というのも今年の夏、祖母が100歳で大往生した。春頃から調子が悪かったみたいなのだけれど、「とにかく夏休みに入って日本に帰るまで待ってて」と願い続けた。とても世話になった祖母だし、両親も高齢なので、最期は私が手伝わなくては、といつも思っていたのだ。日本に帰って2週間後に安らかに亡くなった。夏休みだったのでアメリカにいるいとこも娘を連れて帰ってきていた。祖母は皆が揃った時に静かに天国に行った。いいタイミングを待っていたとしか思えない。さすがおばあちゃん、だった。本当に久しぶりに親戚一同が集まって、なつかしくて仕方なかった。こうやって皆に会えたのもおばあちゃんのお陰だね、って話したのだ。昔大学生だった憧れのお兄ちゃんお姉ちゃん(母の従兄)も、もう60前後。で、私は昔のまま「直チビ」と呼ばれて。娘が引いている。

祖母の家は、物だらけだった。いわゆる捨てられない世代。しかも埃が5ミリくらい積っている感じ。喘息持ちの母を家に入れられないので、伯父と私とで写真などだけ回収した。山のような着物も、もうどうしようもない。納戸なんて足の踏み場もなくて入れない。桐のタンスだって処分するしかない。もらっても誰も置く場所がない。

しかーし!出雲出身の祖母自慢のタンスがあって、常に「これは直ちゃんに形見にやるの」と親戚中に言っていた(らしい)。大叔母に「直ちゃんにあげるって、おばちゃまいつも言ってらしたわよー」とダメ押しされる。でも私には家がない。でも祖母がそこまで楽しみにしていたものをゴミにするわけにはいかない。そもそも私は古い和家具が大好きときている。えーい、大枚はたいて和ダンス屋さんに来てもらって、修理して、実家に運んでもらいましたよ。なにせ一間幅の大きなタンスで、引き出しダンス2個の上に、横長の引き出し・引き戸ダンスが乗っかっている。しかも桐じゃないので重い。修理が終わって実家に運ばれたのは、私がすでにこちらに戻ってきて数カ月後の10月。父からの報告によると、あまりに大きいし重くて2階の部屋にタンスの上の部分を持って上がるのは無理と判断。結局下の引き出し部分2つを二階に、横長の部分を一階の和室に置いたそう。ああ、いつかこのタンスを置ける自分の家が欲しいわぁ。このタンスなら、私の持ちモノ全部入ってしまいそう。

そして祖母の家は取り壊されました。崩れて人を怪我させる前に取り壊してよかった。でも寂しいかな。思い出沢山の家だったからね。今頃祖母は天国で祖父と夫婦喧嘩していることでしょう。

父から送られてきた写真。左が一階の和室に置いたタンスの上部分。一間よりもっと幅がある・・・。父も結構楽しんで飾ったりしてるじゃない。左端は母のぬいぐるみホケちゃん。右は2階においたタンスの下部分。タンス屋さんにきれいにしてもらいました。

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2009年12月16日 (水)

近眼と老眼

私はド近眼。コンタクトレンズは体の一部だと思っている。シャワーの時も泳ぐ時も一緒。これがないと朝が始まらない。これを外したら一日は終わり(だからまだつけてる)。

ド近眼のアラフィーはどうなるか。コンタクトを外すと、物を目のすぐ近くに持ってこないと見えない(普通の近眼状態である)。本を読むにも目から15センチ状態。しかーし、コンタクトをつけると、たちどころに小さい文字が見えにくくなるのだ。まあ元々が近眼であるから、普通の仕事や生活をする上ではまだ老眼鏡がなくてもなんとかなる。しかし近い将来老眼がどんどん進むことは避けられそうにない。目のいい人なら、小さな文字を読むときだけ眼鏡をかければよい。でも私の将来はコンタクト+老眼鏡の二重苦だ。ずるい。

レーシックの手術をバンコクで受けようかと思った。でもレーシックで近眼を直すと急激に老眼が進むらしい。例えばね、コンタクトと老眼鏡の両方を必要としているなら、レーシックで手術すれば老眼鏡だけになる。2つが1つに減るからOK。でも私の場合今はコンタクト1つだけ、そしてレーシックしたらコンタクトはいらなくなるけれど老眼鏡が1つやってくる。1つがなくなっても1つやってくるから価値なし、と私は思うわけだ。だからいよいよ老眼鏡が手放せなくなったら、レーシックで近眼直そうかなぁって考えている。

でも近眼もこれがもっと年齢が上になると、またいい具合になるらしいんだな。とある夏休みの一時帰国中、いつもは遠近両用の眼鏡をしていた父が(近視は父親譲りである)、「ねえ、何か気付かない?」と言う。よーく見ると、おやまあ、眼鏡にレンズが入っていない! 「最近眼鏡が必要なくなってきたし、裸眼で免許の更新もできたんだけど、眼鏡かけないと誰も俺だって気付いてくれないんだー」だって。あの、せめてガラスでも入れてもらえません?

夫はすごく目がいいから、老眼鏡は手放せない。100円ショップの老眼鏡を愛用中。かけたまま寝てすぐ壊すから、100円でいいのよ。

左が我が家のワンコ(コッカスパニエル系雑種)、右がお友達のワンコ(本物の黒柴お譲さま)

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2009年12月15日 (火)

難しいぞ、アラフィーのファッション

私にとって40代は、今までのファッションを見直す時期だった。今まで気に入って着ていたものが、「あれ、ひょっとして似合わなくなってる?」とある日突然気がつくわけよ。

それまで超ロングのフレアスカートが好きで、エスニックっぽいものとか、ジョーゼットのような薄物から、デニムまで、ぜーんぶくるぶし丈のAライン。上は逆に小さくリブニットとかTシャツとか。これが40代になって、似合わなくなってきたんだな。つまりね、ウェスト部分を上辺、スカートの裾を下辺とする台形に例えるとね(まだ台形の面積の公式覚えてます~?)、上辺の部分の幅が広がってしかもたるんできたから、バランスが悪くて重くなっちゃったのだと思うのだ。しかも上半身もピタピタニットを着ると「公害」ものだし。だから処分したり、15センチくらい丈を詰めたり。

他にもあるよ。中間色を着ると「寝ぼけた」印象になるし下手すると「やつれた」印象になるし、ピンクの口紅が似合わなくなるしでも口紅をつけないと疲れた感じになるし、ストレートのセミロングが気恥かしくなって今年ついにボブにしたし、チープなバッグは寂しく見えるけれどブランドバッグは私じゃないし、重たいバッグと履き心地の悪い靴はいくらかっこよくても我慢できなくなったし、大ぶりのネックレスやイヤリングが妙に似合ってくるし、短めのスカート(私にとってはふくらはぎ丈)は黒いタイツをはける冬にしか着ないし(素足なんて気持ち悪くて見せられませーん)、挙げだしたらきりがないね。

ちなみにここではギャザーのチュニックとジャンバースカートはイコール妊婦であります。若い子から中年の小太りの女性まで、みごとにボディコンです(中年三段腹ボディコンはちょっと趣味悪いと思うんですけれど)。でもさ、体型カバーなんて気にするのって日本人くらいなのかな、って思うことあるよ。西洋人もどんなに太っていてもガンガン肌見せする人が多いし、レギンスだってミニスカートだって穿いちゃうし。

やっぱり開放的でワイルドになれないのは、こういう自信のなさから来るのかね。ちょっと胸元が開いているから下にキャミソール着ておこう、とかさ。

支離滅裂でごめん。

今日は友達の送別会があって、昼休み抜け出して行ってきました。私はカメラ係。みんなが楽しそうにしているところをパチリ。こうやって見ると、白のナチュラルなトップスが多いわね。ふむふむ。

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2009年12月13日 (日)

海外での教育

海外で子供を育てる場合、問題になるのは学校である。選択肢が沢山あるところに住むなら、親と子の意向で選べばよい。では選択肢が限られる場合は?

私の家族の場合、転勤族になることはわかっていたので、英語で授業をする学校に娘を入れることにした。実際、娘が学齢期に達した時に住んでいた国には日本人学校がなかった。しかし日本語はちゃんとできるようにしたかったので(なにせ両親とも日本人で日本国籍ですからねぇ)、これは親の努力に委ねられるわけだ。

海外で学校に入る場合、インターナショナルスクール、現地校、特定の国の学校に3つに大きくわけられる。現地校というのは滞在国の普通の学校である。特定の国の学校というのはアメリカンスクール、日本人学校、フレンチスクール、などのように、海外で特定の国のカリキュラムを使って授業を行う学校である(これらの学校をインターナショナルスクールとは呼ばない)。インターナショナルスクールというのは特定の国のカリキュラムに頼らず、国際的な視野に立とうとする学校である。

娘が前の国で入ったのはアメリカンスクールだった。アメリカのカリキュラムを使うので授業の内容はアメリカ式、特に歴史はアメリカ史である。行事もサンクスギビング、イースター、クリスマスなどアメリカの行事をもとにしている。その学校に入るからには、アメリカ人ではなくともその学校のカリキュラムに従うことになる。

そして今の国で入っているのはインターナショナルスクールで、国際バカロレアという世界中のインターナショナルスクールを対象としたカリキュラムを使っている。従って歴史も一国一地域に偏ることなく、宗教色もゼロで、どの国からやってきた生徒も抵抗なく受け入れられる内容となっている。

宗教というのは難しい問題である。一般的に仏教徒は他宗教に対して寛容というかどうでもいいというか楽しいところだけもらっちゃおうという人が多いように思う。だから仏教の国は一般的にお気楽で宗教問題が少ないように思う。さて、ある時娘の学校で音楽の先生が生徒たちにクリスマスの歌を歌わせたのだが、ジングルベルくらいならともかく、かなりキリスト教色の濃い歌だったのだ。さっそく来ましたよ、苦情が。インターナショナルスクールでは、先生はこういうことに配慮する必要があるのだ。もっとも苦情を言ったお母さんが、自分の宗教のお祭りや行事のときに学校で文化紹介をしてくれるのなら大歓迎なのだけれど。子供たちには、自分とは違う宗教に対して排他的になるのではなく、お互いに理解し尊重しようと教えているのだから。頑なな親を見ていると、不毛な宗教対立はまだまだ続くのだなぁと思ってしまう。

子供も大きくなったし、もうクリスマスツリーは飾っていない。でも友達のモンのキャンドル型のライトを「かわいいー」と褒めたら、スウェーデンから同じのを買ってきてくれたので、これを飾っている。あとハイディにもらったサンタチョコ♪ え、私?クリスマスでもソンクランでもラマダン明けでもディワリでも楽しく参加しちゃう節操のない普通の日本の仏教徒です

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2009年12月12日 (土)

クリスマス・セール

何せ元手ののかからない国だから、ちょっとした小規模ビジネスを始める外国人が多いのだ。ご主人の赴任に伴ってやってきて、奥さんが趣味と実益を兼ねてサイドビジネスをするというパターンが多い。今日はそんな人たちが集まって、クリスマス・セールがあった。皆、娘の学校の先生か、生徒のお母さん。顔見知りだから、行ったら義理で買う羽目になる、ってわかっているのに行っちゃう。しかも結構楽しみにしちゃってる。で、外国人のセンスで作られたものだから、現地のものより魅力的だったりして、ついつい。

アデルは子供用のパジャマのお店をしている。ここでは趣味のいいパジャマがなかなかないから、いいところに目をつけたものだ。12歳用を買えば、私でもぎりぎり着れちゃうことが判明(西洋人にしては小柄なアデルが実際に自分で着てみせてくれて、See? It fits!って)。娘にストライプのスリープシャツを買ったものの、いや、娘の寝巻にするにはもったいない。ということで、私の普段着にすることに決定。ふぉっふぉっ。

デウィは天然石のビーズを使って、アクセサリーを作っている。すごく良心的なお値段なの!ちょっと重いかな、と思ったけれど水晶のピアスを購入。7ドル。こういう大き目が似合うお年頃なのよん。洋服の色も選ばないし、厄除けになるし(?)、ちょっと存在感があって、大いに満足。同じ石を繋げたブレスレットもあったけれど、重くて断念。

フィリパはオーストラリアのグリーティングカードを売るエージェントをしている。あまりにかわいくて泣けてくる。プレゼントにつけるような小さなひものついたカードを10枚購入。大きなカードをメッセージで埋めることのできない私には、小さなカードが便利なの。

あと一週間で学校もお休み!クリスマスは毎年恒例のバンコクで過ごします

スリープシャツは、こんなかわいい共布のきんちゃく袋に入っているのよ。子供の修学旅行やお泊りにいいよね。右は水晶のイヤリング。重みで耳のピアス穴が縦に伸びちゃうのがちょっとグロいかも。

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2009年12月11日 (金)

40代での社会復帰

ここ25年近くほとんど海外で暮らしていて、海外で仕事をしていた時に出会った夫(日本人)と結婚してからは、翻訳の仕事をしていた。8年前にこの国に来てからは、お気楽に遊びまくりながら、娘の通っている学校でPTAのボランティアの仕事を手伝っていた。

そんなこともあって、学校のある部署から「こういうポストで職員を募集しているのだけれど、応募しない?」と声をかけられ、娘も中学生になったことだし、夫もきっと喜んでくれるに違いない(その時なぜかブータンに出張して不在)と思い、面接を受けたりして晴れて職員となった。長い学校の夏休みや冬休みに娘を一人にしておくわけにもいかず、一般企業でのフルタイムの仕事は無理だなぁと思っていたが、娘と同じ休みをとれる学校での仕事は願ってもないものだった。

オーストラリア人女性の上司は、ものすごい切れ者で、非常に能力のある人だった。こんな人見たことない。ワーカホリックで野心があって、沢山の仕事を同時進行でこなす聖徳太子か千手観音か、という感じ。部下に対する要求も高い。こっちも変に気まじめな日本人ですからねぇ、がむしゃらに働きましたよー。自己主張のできない日本人は貧乏くじを引く、って思う人もいるけれど、水面下で頑張っていればちゃんと認めてもらえると思う。学校長との面接の時、「私はトップに立つ人間ではないけれど、縁の下の力持ちなれる」と言ったら、学校長に「どうしてトップになろうとしないの?」と返された。「私はサポート役のプロとして誇りを持っている(でた~はったり!)」と答えたら、「おお、私の妻みたいだ(結局ノロケか)」だって。「直子に任せれば大丈夫」と思ってもらえることが目標。

何が一番大変だったかというと、仕事の処理のスピードである。eメールで瞬時に判断して返答することが求められる。一日に50本も100本もメールを返す。かつてのファックスやテレックスという時代とは違うことを痛感。瞬時に対応しないと、どんどん溜まってしまう。おばさんは必死であります。また何せ学校には58か国の生徒がいるから、その親を相手にするには自分の日本人的な常識というものが通用しないから大変。どんなに「うっそー、信じられない~!」ような理不尽なことを言われても、顔には同情の色をうかべてひたすら宥めすかすのである。

結局私って、皆の母親役をしてるのかな。

今日は冬休み前のコンサートが学校でありました

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2009年12月10日 (木)

ソファのイメチェン

我が家のソファはウルグアイで住んでいた家の大家から買い取ったもの(その時点ですでに古くてボロい年代物)である。大家が生成色の布で張り替えたのだけれど、土足の生活だったこともあり、すぐに汚れてしまった。夫も娘も汚さないように気をつけるなんてことはしないし、おやつを食べながらテレビを見ているし、犬はソファの上に上げないが人の上になら乗ってもいいということになっているけど”はみ出して”いるし。というわけで、ウルグアイで一度、この国で1度(7年前くらい?昨日の写真にあるからし色がかったクリーム色)、スリップカバーをオーダーして、汚れたらカバーを丸洗いできるようにしていた。

ここ3年ほどは仕事で忙しくてインテリアなんて気にする暇がなかったけれど、先月くらいから時間ができてきて、家全体を眺めて「なんだか色褪せてきたなー」と実感。一番どうにかしたかったのがソファ。新品を買うとなると高い。で、新しいカバーを新調したのだ。7年間も使ったんだから、新調していいよね、って自分で納得して。

そもそもその気になったのは、市場で安くて(メーター300円くらい?)いい布を見つけたから。一見キャンバス地っぽいのに、実は化繊。しかも犬の毛がつきにくい、ときた。今の気分は赤!そう赤よ! 差し色は黒と白 コーヒーテーブルは中国旅行でイケアで買ってかついで帰ってきた1個700円くらいのテーブルを白と黒で1個ずつ。お安くすんで満足しているプチリフォームでした。

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2009年12月 9日 (水)

目指せシンプルライフ

日本では整理整頓とかお片づけとかが脚光を浴びていますね。いろいろな国の人のお宅を見て、決して日本人だけが特別物が多いというわけでもないと思うのよね。ただなにせ器の大きさが違う。小さな面積ですっきりと暮らすには、物を減らすしかない。

ウルグアイに住んでいた頃、アルゼンチン人の友達の家に行って驚いた。まあ「飾り物」の多いこと!壁という壁、棚という棚に、思い出の品々が陳列されている。でも家が広いから窮屈な印象はなかったし、メイドさんがいて手入れもお掃除も行き届いていたから埃っぽさもなし。引っ越すときは業者さんにすべてお任せだから、手をわずらわすこともないし。でも日本ではこうはいかないわよね。

我が家はずっと海外暮らしなので、物はほとんど処分せずそのまま次の国次の国へと移動してきたという感じ。バケツからゴミ箱まで全部!娘の小さい時のおもちゃやらベビーカーやらも全部そのまま持ってきた。でも娘も15歳になり、あと2年半で高校を卒業。そうしたら我が家も夫と私だけになって、お二人さまの生活にシフトすることになる。家も一軒家からメンテの楽なアパートに越すと思う。だから今までレゴもシルバニアもバービーも絵本も置く場所には困らなかったから死蔵されていたけれど、全部処分したの。日本人でやるガレージセールに出したり、娘の学校のチャリティに出したり、知り合いに差し上げたり。幸いこの国では使ってくれる人がいる。ゴミにはならないの。使える物なら、誰かが使ってくれる。だからどんどん捨てりゃいいっていうものではないけれど、気分的には楽だよね。

今は娘もパソコンとiPodとDSとWiiと携帯があればOK。この電脳世代には考えさせられるけれど、物の嵩が激減したことは確か。大学に行く時には段ボール箱2個くらいで行って欲しいものだわ。でも考えてみると娘が持っていた物って、娘が欲しかったわけではなく、私が買いたかったものだったのかも。私と違って物欲のない娘。

というわけで、あちらこちらから触発されて物を整理しています。今日も家の隅っこに丸められて放置されていた紙類を処分!汚れた枕も処分!壊れたサンダルも処分!あーすっきり。私の「直子のこだわり」をきっかけに知り合ったYUKKEさんは、長い駐在での経験を生かして、日本に戻られてからお片づけコーチングの仕事を起業され、一躍有名になってテレビに本にと大活躍!ご自宅もすっきり大人のムードで、私もいつか日本に帰ってああいう風に暮らしたい、と思ったのよ。そして家具は祖母の形見の和ダンスだけでシンプルにするの。この和ダンスについてはまた後日・・・。

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2009年12月 8日 (火)

帰ってきた直子のこだわり

お久しぶりです。またこの世界に戻ってまいりました。私のインターネットの原点だったホームページ「直子のこだわり」は2007年1月からぷっつりと途絶えたまま。そう、あの時私はアジア某国の某インターナショナルスクールでフルタイムの仕事を与えられ、それから3年間一心不乱に働いてきだのでした(うそ)。私の希望が聞き入れられ、ちょっと勤務形態が変わり、仕事の内容が充実するとともに時間の余裕も。で、インターネットに触れる時間が増えて、戻ってきたくなったのだ。

娘は15才になり、犬も3歳になり、夫と私はアラフィーになり。この3年でいろいろとこだわりも変わったかな。再びお付き合い願います。

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